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五つの傷が癒えるまで~Shu's side-1~
ルートを見送った後、タッツンは暫く気が抜けたようになっていた。
『自分よう言うたな、あんなの。俺は無理やわー、おっさん相手に玉砕覚悟のプロポーズみたいな』
はははは、と笑ったタッツンはベースの指板や弦を簡単に拭きながら
『別に、俺1人の為って訳じゃないし。自分の為だけやったら、それこそ恥ずかしすぎてやめとくけど』
意地っ張り具合が徐々に戻って来ているようだ。俺にはそれが少し嬉しい。それでもようやく、本人を前に自分の気持ちを多少でも口に出せたのかも知れない。結局解散どうこうよりも、自分がジャンクを止めてしまった事がタッツンには重くのしかかっていたのだろう。
『じゃ、俺もそろそろ行くから』
楽器をケースに直して肩に担ぐと、タッツンは手を振った。
『なあまだ、やっぱり相当掛かるん?』
俺が聞くと、タッツンは少し困ったような顔になった。
『うん、多分。俺が決められる話でもないけど』
すぐ顔に出てしまう、分かり易い所は以前からだ。やっぱりこっちに帰って来るのは相応に難しいのだろう。俺より本人の方が余程悔しいだろうな。
『頑張ってな、タッツン』
『無理せんとね、待ってるから』
ユータとキノに笑いかけ、きびすを返したタッツンが入口の鉄扉に向かって歩いて行く。俺達の知る事のできない世界へ、戻って行くのだろう。
本人宛の色紙や手紙や花だっていっぱいあるのに、タッツンがそれらを見る事はできるのだろうか。扉が閉まる瞬間、すっかり痩せた背中と担いだベースと、少しだけこちらを振り向きかけた横顔が見えたけれど。何も言えないまま扉は閉まって、俺達はまた3人になった。
俺はルートを許さない。絶対に。タッツンの事も許せない。どうしても。
ジャンクは今は止まるしかないけれど、これで全てが終わる訳ではない、という気持ちがどこかにあった。もちろん再始動にはうちの2トップの意見の一致が不可欠なのだから、それなりに時間は掛かるだろう。けれど同時に、2人が同じ音楽を作る人間として、お互いを認めあっている事もよく分かっていた。
自分の教則DVDの話がありつつも、どこかでドラムを叩き続けなければと思っていた俺はキノと一緒にユータのソロのサポートをする事にした。その間同じように、ルートもタッツンも自身のソロ音源を作っていた。それぞれが別々に。ルートにもタッツンにも、それぞれに別のサポートドラマーがいた。
その事を俺はどこか他人事のように、不思議な物のように受け止めていた。2人の後ろ姿を見ているのが当たり前の俺にとって、自分の座り位置に誰かが居る事も、2人がわざわざ別々に同じ作業をしている事も、どうにも歪でおかしな話だった。
考えてみれば、ソロをやるとはそういう事。もうバンドではないんだ、と今更思い知らされた気にもなったけれど。それでもまだ終わった訳ではない、とどこかで信じてしまっていた。今思えば、ユータやキノと一緒にツアーを回っていた事も大きかったのかも知れなかった。