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五つの傷が癒えるまで~Kino's side-3~
元々誰が悪いなんて話でもなかった。
友達同士だからこそ、何も言えなかった。
ああすれば良かった、こうすれば良かったなんて後から思う事はできる。
だけどその場で解決策を考え付いて、しかも実行に移せる人間なんてどれだけ居るだろうか。実力不足なのは俺。それならもっと、言えればよかった。
みんなが大事なんだって。全員が大好きで、誰が欠けても嫌なんだって。
誰1人失いたくないんだって。もっともっと、伝えられたらよかったのに。
予兆はあった。音がおかしい事に気付いていたのは、きっと俺だけじゃなかった。
いつ頃からだったろうか。タッツンのベースの音がまるで不満を叩き付けるように、周りを威嚇するように変わっていったのは。
それでいて、雨の中で1人で泣き叫ぶように痛々しくてヒリヒリとして、怒っているのか悲しんでいるのかさえ判断がつかずに対処に困る事が多くなった。
プライベートで何か問題でも抱えているんだろうか。
そう思っても、うちのモテ男2人のプライベートなんて、それこそ想像もつかなかった。
比例してユータのギターはどんどんか細く、物陰から様子を伺うように遠慮がちに、性格がそのまま表れたように音量まで小さくなっていった。
明らかに、怖がっていた。それともせめて、ヴォーカルを目立たせようとするユータなりの配慮だったのだろうか。はっきり聞いた訳ではないから、今になっても分からない。
シュウはどう思っていたんだろう。1番困っていたのは、実はシュウだった気がする。
シュウの得意とするパワフルなドラミングと、タッツンの弾くベースの相性が良い事が、そもそも奇跡的だった。
お互いの良さを打ち消しかねないそれぞれのプレイが、それでも絶妙なバランスで成り立っていたからこそ、上に乗るユータや俺も色々なサウンドを試す事ができていた。シュウが困った顔をしながらもタッツンのベースに全幅の信頼を置いていたのも、タッツンがドラムの事なんか何も分からないけどやっぱりシュウちゃんがいい、と真顔で言っていたのも、出過ぎず引きすぎないプレイヤーとしての感覚を、お互いに良しとしていたからだったのかも知れない。
そのタッツンの音が変わってしまえば、シュウが困惑するのも当然だった。
音が崩れていく。同じ音を綺麗だと思い、同じ音を心地よいと思えていた俺達。
精密機械のように計算し尽くされたその音の塊は、どこかがほんの少し違っただけで、いとも容易くバラバラに壊れてしまった。
もう好きじゃないんだろうか。もう嫌いになってしまったんだろうか。
ジャンクを、俺達を。そんな訳ない、と思いたかった。
修復できるはずだと、思いたかった。
だから、傷つき過ぎたジャンクの為に少し時間を置こうという考えにも、同意せざるをえなかった。きっといつかまた、5人で笑えるように。
必ずまた5人で、音楽ができるように。
そんな約束を勝手に抱えて、俺は1人になった。
当たり前だった大事なものを、もう1度みんなで取り戻す為に。