■
五つの傷が癒えるまで~Root's side-3~
こいつ、こんなに綺麗だったっけな。
1番に目に飛び込んできたのは、やっぱりタッツンだった。
ベーシストとしては基本に忠実でバスドラに合わせて底辺を支えるタイプ、なのにやたら目立つこいつ。ただ弾いている姿が綺麗なのだ。
暗闇で、色気どころか毒気を放って燃え上がる、狂い咲いた花のようなこいつに、俺はどれだけ傷つけられ、どれだけ助けられ、どれだけ嫉妬して、どれだけ支えられたか。
どうしようもないバカなやつ、と思いながら、それでもどこかでいつもその存在に頼っていた。見ている俺に気付くとタッツンは艶やかに笑って、くるりと1回転して見せ、ポンっとピックを投げてよこした。
相変わらず、シュウは上手い。他に表現が思いつかない。
これだけの手数にこのリズムの正確さ、粒の揃った聞きやすさ。
シーケンサーも舌を巻く精密さ、セットから周囲全面に放たれる、有無を言わせない安定感。後ろから飛んで来るこの援護射撃のおかげで助かってたんだよ。
聞きやすい、はそのまま歌いやすい、なんだから。
タッツンとは当然だけれど、ユータとシュウの相性も抜群なのだ。
ギターソロの間のドラムの変化振りは、ちょっと他では真似できないだろう。
必死の形相でスネアとタムをタコ殴りにしながら、それでも俺に気付いたシュウがこちらに向かってスティックを振ろうとしている。
無理な事、しなくていいって。急に可笑しくなった。
ユータは懸命にギターを弾いている。楽器を抱え込むようにしながら。
いつでもどこでも、本当にギターの事ばかり考えていたユータ。
憧れてやまなかったのは、ギターヒーロー。
ある意味ギターという共通言語を持つ者同士にしか分からないそれを、俺も完全には理解できなかったけれど。今思えば、ユータはとっくにジャンクのギターヒーローじゃなかったか。俺は気付けなかったし、多分ユータ本人も分かってなかったんだろうな。
ソロの途中、ふと顔を上げたユータが俺を見て、ぱっと笑った。
嬉しそうに。ただギターを弾ける事が幸せで、ただ俺が見ている事を喜んで。
何の計算も下心もなく向けられたその笑顔は、眩しすぎて直視できない程だ。
キノはキーボードの向こうで、相変わらずにこにこしている。
周りを見回しながら、ユータを見たりタッツンを見たり。
にこにことキーボードを弾く姿は、以前と変わっていない。
実はセンスの塊のようなキノ。周りに合わせてフレーズや音をどんどん変えても、結局はキノらしく仕上がってしまう。ギターソロの間はシュウやタッツンと一緒にリズムを牽引し、まるで陰のリズム隊のような役割を果たしているのも、いつも通り。
タッツンは分かっているんだろう、自分のベースとシュウのドラムに同期するキノのキーボードに耳を澄ますように、時折頷くようにしながら弾いている。
上手いギタリストにありがちなのだろうけれど、ともすれば不安定になるユータのギターをキーボードが伴走するように支えるおかげで、曲自体が一層キラキラと輝いて聞こえるのだ。それでユータが悪いって?まさか。
ギタリストはこれぐらいじゃなきゃダメなんだよ。
キノは俺に気付いているんだろう、こちらを見るようで見ないようにしながら、たまに頭を振りながら弾いている。緊張しているのか照れているのか、笑わないようにしているのか泣かないようにしているのかは、よく分からない。
もうあんまり泣くなよ。続くキーボードのソロ。
まるで小人が踊るようにキノの指先が鍵盤の上で跳ね回るのを、横からシュウが興味深げに眺めている。キノとシュウのコンビもなかなか乙なんだよな。
そこまで考えて。急に視界がにじむ。
なんで、なんで、どうして。
どうしてこれをずっと続けようって、思えなかったんだろう。
なんでこの音の中に居ようって、思えなくなったんだろ。
視界が揺らいで思わずよろけ、すぐ後ろの鉄柵に後ろ手につかまって。
唐突に、鉄柵が外れた。
自分が空に投げ出された事に気付くまで、数秒掛かった気がする。最後に見えたのは自分が居たはずの、鉄柵が外れたビルの屋上と、昇り始めた朝日で逆光になって真っ黒にしか見えないけれど、確かにバラバラに散らばってこちらに向かって降り落ちてくる、3束分の花達。
みんなの時もこんなだった、のかな。
後は地面に叩きつけられるしかないのに、考えた事は、それぐらい。