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五つの傷が癒えるまで~Kazuya's side-4~
シュウの葬儀の翌日、ユータは観客参加型ギタリストイベントに出演し、ライブは大盛況だったようだ。夜になり観客も帰り、本人も宿泊ホテルまで戻る準備をしていた所、ステージのすぐ下を流れる川の中程で動けなくなっている女性を発見したらしい。
普通ならスタッフや誰かが一緒に居るはずだが、その時は偶然周りに誰も居なかったらしく単独で救出に向かったユータは、1度はその女性と共に川岸まで泳ぎ着いたのだそうで。
ただそこからがもうよく分らないのだが、持参していたギターが流されてしまったその子の為にと、ユータはまた1人で川に入ったらしい。
折からの雨で増水していた川の流れに巻き込まれたのか、深みにでも嵌ってしまったのかはっきりした事は分らないが、とにかくユータが戻って来る事はなかったのだそうだ。
みんな後から聞いた話ばかりだが、鞄も靴も流されてしまった件の女性には連絡手段がなく、裸足のまま川沿いを歩き、テント泊組を見つけて助けを求め、ようやく捜索が始まっても明りの少ない山間部、全てが後手後手に回り、翌朝発見された時には随分下流まで流されてしまっていた。混乱を避ける為、当初イベント帰りの女性を助けてくれた親切な一般男性として報道されたその男こそ、俺達ジャンクの元ギタリスト、ユータだった。
その女性、一生トラウマじゃないか。
本当に何をやっているんだと、本人がいれば問い質したい所だ。
それさえもう無理なのだけれど。
またシートから薬を外して飲み込みながら、大昔、まだインディーズの頃にファンから言われた言葉を思い出していた。
カズヤさんは太陽で、ルートさんは月みたいね。
そう言われた時、思わず俺が太陽?と聞き返してしまった。
俺はどう考えても明るい人間ではない。爽やかとはほど遠い。
ルートが太陽じゃなくて?と言うと、太陽に見えてルートさんは月っぽいから、カズヤさんがしっかり照らして輝かせてあげないとね、と返された。
リハの合間にみんなに話すと、ルートはまんざらでもなさそうだった。
俺は月かー、ええんちゃう、でもタッツンが太陽なん?と笑っていた。
タッツン、とは名字が元になった、小学校時代からの俺の呼び名だ。
太陽って実際には濃縮された高温の気体の塊みたいなもんやし、内部の圧力なんか普通じゃないし、案外タッツンの熱さはそれっぽいでと、天体に詳しいキノが言う。
いかにもベースらしく思えて、俺はそれが気に入った。
なら、キノとユータは星みたいやな。
上の方でキラキラしてるみたいなな。
上モノの楽器やし丁度ええよな。
じゃシュウは?うーん、守護神。
俺だけ守護神なん?星とかないの?
ええやん、シュウちゃんは俺の守護神やし。
なんか恥ずかしいなあサッカーでけへんのにキーパーみたいやん。
照れくさそうなシュウ。顔を見合わせて微笑むキノとユータ。
ルートは楽しそうに笑っていた。俺がもっと自分を火の粉にするくらいの勢いでルートを照らせていたら、何か違っていただろうか。
ジャンクの為なら自分が燃えて灰になるくらい、何でもなかったはずなのに。
やっぱり俺の実力不足だったのだろうか。
人を照らせる程の力は、俺にはなかったんだろうか。
それじゃ何ができれば良かったんだろう。何が足りなかったんだろう。
ジャンクを続けられなくなったのも戻れなくなったのも、全部自分の身から出た錆。
よく分かっているのに、今になっても俺はまだ、同じ事ばかり考えてしまっている。
答えが出せない間に、守護神と星を失ってしまった。
俺が残っているのに、どうして先に2人が居なくなってしまったんだ。
どう考えてもおかしい、俺が先のはずだろう。
誰かが先に居なくなって自分が残るなんて、考えてもみなかった。
瓶から出した錠剤をまた幾つか飲み、急に何か変な感じがした。
何でだろう、気持ち悪い。全身から汗が噴き出す。
体中の血管がドクドクと破裂しそうにおかしな音を立てる。
しまった、薬を使い過ぎたのか?恐ろしい吐き気。
視界がガタガタと揺れる。頭が砕けそうに痛い。
心臓が狂ったように暴れる。息ができない。吐き出さないと―。
どれ位時間が経ったのか、ぼんやりと意識が戻ってくる。
屋上の端、鉄柵の前に薄暗い灯りに照らされたシュウとユータが見える。
いつもの2人の話し声が聞こえる。薬のせいでまだ呆けてるんだろうか。
まるで本当に、2人がそこに居るかのようだ。
シュウはユータが差し出した時計をのぞき込み、何か言っている。
ユータは俺の方を気にしながらも、シュウに答えて説明しているようだ。
起き上って近寄って行くと、ユータが困ったように手を振った。
『もう俺らの事、見えるやん?タッツン、何もこんな形でなくても良かったんやで』
『おかえり、ていうかいらっしゃい、ていうか。どうなんやろうな』
シュウも困った顔だ。何となく、分かってしまった。
俺ももう、生きてないんだな。