五つの傷が癒えるまで

40代ブラック勤めワープワのおっさんが今更Janne Da Arcを眺めるブログ

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五つの傷が癒えるまで~Kazuya's side-2~

 

 

メーカーも事務所も、ジャンクを売るつもりなど大してなかった。

元々新人バンドに似つかわしくない実力を持っていたシュウなどは、バンドよりもさっさとスタジオミュージシャンとして、メーカー所属アーティストのレコーディングに体よく使われていた程だ。ジャンクが売れる、とは誰も思っていなかった。


実際、自分達も。ただ、少しずつライブの動員が増え、CDを買ってくれる人が増え。
ライブの会場が大きくなっていき、雑誌などのメディアでも取り上げられ。
聞いてくれる人、見て知ってくれる人が増えていく事は、単純に嬉しかった。

 

目の前の階段を1段1段上りながら、自分達の成果をお互いに確認しながら進んで来れたおかげで、ある時点までは比較的冷静に事を運べていた、と思う。いつから何がおかしくなったんだろう。

 

売れなければ続けていけない事は分かっていても、自分達が納得していない音楽を世に出すのは嫌だった。ミュージシャンとしてごく当たり前のそれは、言い方を変えればただのわがまま、できない奴ら、売れる努力をしないバンド、との烙印を押されるはめになる。

 

そして一度売れてしまえば、『前売れたのと同じ音楽』を要求されるようになる。当然といえば当然のそれのせいで、売れたとたんに消えていくバンドは後を絶たない。


けれど、今思えばもっとうまいやり方もあった気がする。
頑なになる必要もなければ、長い物に巻かれたふりでもして、嵐のような忙しさが去るまで大人しくしていても良かった気もする。

それこそ死んだふりでもして。

 

今度はシートから幾つか薬を外し、また粒々と口に入れる。
よく売れているには違いないのに、ルートは今やABBの活動も休止してしまっている。
何かと理由を付けて企画していたツアーを中止にしてから、表立った活動はない。

 

もうCDさえ売れていればそれでいいって事なんだろうか。
それとも、ルートが求めている物はやっぱり、ソロでも手に入らなかったんだろうか。

 

それもそうだろう、と思う。CDを買ってくれたりライブに来てくれたりするフレンドのみんなは、自分達と同じようにジャンクが大好きで、ジャンクの音楽が全部好きで、ジャンクのやる事なら何でも喜んで受け入れてくれる人達。
フレンドを本当に古い友達か、身内のように思っていた所があった。

 

俺達はただ前を見て、自分達のできる事を一生懸命やるだけ。
自分達なりに信じたジャンクを、精一杯表現するだけ。

5人で手を携えて、決してバラバラにならないように全員で一緒に進んで行ければ、みんなで笑い合える幸せな未来に辿り着けるはず。

 

ルートが求めているのはきっと、そんな事を信じて疑う事もしなかった、あの頃の自分達。

戻れるはずがないんだ。誰よりもルート本人が、ジャンクでいる事を拒絶したのだから。

次は持って来たミネラルウォーターで粉薬を流し込む。

 

いつだって後ろ向きになっていたつもりはなかった。
ただ止まる直前のジャンクはもう、どっちが前だか分らなくなったように、それこそ真夜中の大海に放り出された小船のように。

 

どこに向かってどう進んでも何も景色は変わらない、自分達の未来がどこに行ったのか分らない。俺達は間違っていたのか、俺達のジャンクはどうなってしまうのか。メンバー間で話もできないタイトすぎるスケジュール、5人全員が不安にかられ、お互いを助け合う事さえできずに、あれだけ繋いでいた手が離れていくのをどうする事もできなくなっていた。


それを越えていけるバンドだけが、生き残っていける世界なんだろうか。
それなら、生き残った先の世界はどうなんだろうか。

今更だけれどジャンクで見てみたかった気もする。
何よりもジャンクが大事だった事は確かだったのに。

 

ジャンクの活動休止やその後のソロ活動は、俺達にとってはジャンクに戻る為の道筋だったはずだった。だからいくら口ではそう言っていても、本当は最初から戻る気など全くなかったのだと、後になってからルートに知らされた時には流石にショックだった。

 

事務所からの解散発表後、3週間近く経ってからようやく出したコメントでさえ、今までの自分にお疲れ様と言いたい、自分は活動休止しているんだから担ぎ出されても困る、とわざわざ釘を刺していた程だ。

 

担ぎ出す、って誰がだよ。気に入らないなら俺だけを嫌っていればいい。
休止も解散も、俺のせいには違いないんだから。

 

解散のコメントすら出したくなかったっていうのか?
休止中だから?それとも、残った3人が自分を利用するのが嫌だってか?
自分が復帰した後に、擦り寄って来られるのが迷惑だって話か。

 

寝惚けるなよ。海外で療養なんて言いながら、お前がソロで再デビューする為の移籍先をコソコソ探し回っている事ぐらい、みんな薄々気付いてたんだよ。それでもあいつらは本当にお前の事を心配して、歌う事より身体を治してほしいと本気で願って、何よりずっと自分達を責めていた。心配はともかく、自分を責める必要なんか全くなかったのに。

 

少なくともシュウがソロになってから俺やユータとこなしたライブの数は、ルートより多い程なんだから。

脱退した俺は大正解だよ。俺が出て行かなければ、ずっとジャンクは宙に浮いたまま、進みも戻りもできなかった。

俺はもう疲れたんだ。ジャンクにも、ルートにも、俺自身にも。


注射器を取り出し、自分の腕に針を刺す。筋トレもしているし、周りには分からないはずだけど、でもちょっと太りすぎてるかな。

これ一体、本当は何の薬なんだろう。

 

ソロ活動のツアー中、いい痛み止めがあるよ、と知り合いから貰ったのが始まりだった。元々アレルギー体質で身体に入れる物には気を使っていたけれど、病院で貰っている処方薬だと聞いて特に何とも思わずに使い始めてしまった。

 

ただの痛み止めに大した危機感も持たなかった。
別に要らなくなったら止めればいいだけの話だし。

 

それが、そのうちに薬の量が増え、種類が増え。
貰っていた物が有料になり、金額が少しずつ上がっていき。
カモにされてるのかな、と気付いた頃にはすっかり依存症になっていた。

 

言い訳をするつもりもないけれど、もうジャンクに戻れる事もないのならと自棄になっていた事も事実だった。

おかしな薬なのかと調べる事さえもう億劫だった。