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五つの傷が癒えるまで~Yuta's side-2~
ソロには真剣に取り組んだつもりだった。
ヴォーカルでなくてもできる事があると、気付いてほしい気持ちもあった。
ソロ自体は、考えていたより快適だった。バンドではないからと言ってギターを弾けなくなるような事もなかったし、レコーディングもツアーも、キノやシュウが一緒に居てくれた。そうして作れた数枚のアルバムは、音に詳しいジャンクのフレンド達には好評だった。
ただ、需要が少ない。歌ものでなくギターインストを好む人の割合は、分かってはいたけれどとても少なかった。この短期間に何枚もアルバムが出せた裏に、ジャンクの賞味期限が切れる前に早く売り切ってしまえ、というメーカーの意図がある事も、ぼんやりと分かってはいた。
ジャンクの一部だから、という理由で聞いて貰えている、自分。でもそれで、ギターを本当に好きになってくれたりはしないんだろうか?ジャンクを応援する意味しか、ないんだろうか。
きっかけなんか何でもいい、と思ってもいた。俺のギターを聞いてギター自体を好きになってくれれば、それでいい。
3作目のツアーを終え、やりきった、と思った時。ふと、気が付いてしまった。これでジャンクに戻れる訳じゃないんだ、という事に。歌でなくインストでどこまでいけるか、追求するのもいいだろう。だけど、俺の曲作りはそもそもルートが歌う事やキノが一緒に弾く事が前提になっている。
それをギターで表現する事が、絶対に無理な訳ではない。ただ、どうしてもギターインストはギターインストにしかなりえない。特別にそんなつもりはなかったけれど、バンドの中で歌声や他の楽器の音と自分のギターを調和させる事を考えながら歩いて来てしまった俺には、ギターだけの表現がとても物足りなく思えてしまった。
まさか、そんな事を自分が思うとは、考えてもみなかった。ギターだけでは物足りない?そんな、バカな。ギターほど表情豊かな楽器は他にないくらいなのに、物足りないって何でだよ?何が、足りないんだ?バンドじゃないから?歌がないから?ジャンクじゃないから、なのか?
元々そんなにバンドに拘ってなんかいなかったじゃないか。そう、俺はバンドに拘りなんてない。ギターさえ弾ければ、それでいい。そのはずだったのに。自分でもあまりに当然過ぎて気が付かなかった程に、俺はとっくにジャンクの中でしか、生存できなくなってしまっていた。
勿論、ツアー後もギターは毎日弾いていた。だけど、ルートのソロはこれからもずっと続く。タッツンはどう思っているんだろうか。
シュウからは、タッツンが新しく始めるソロを一緒にやると連絡が来ていた。2作品を作り終えて暫く休止していたタッツンは、もう1度ソロをやる事にしたらしい。
ジャンクをどうするか、なんて話も何もなくタッツンは再びソロ、ルートのツアーはどんどん会場も大きく、大規模なものになっていった。
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五つの傷が癒えるまで~Yuta's side-1~
ギターさえ弾ければ、それでいい。それしか考えていなかった俺に、違う世界を見せてくれたのはジャンクだった。
自分のギターが、大きな音の中の1つになる事。
誰かが歌ってくれる事。聞いた誰かが、笑顔になってくれる事。
全部、ジャンクが初めて俺に教えてくれたんだ。
ジャンクの休止が決まった後、とにかく急いでソロを始めたのも、メンバーに聞いてほしかったからだった。誰よりも、目の前に居たはずのみんなに、分かってほしかった。
俺は今でも、こんなにもギターが好きなんだよって。
俺はジャンクのギタリストだから、だからこそ、ギターを好きでいられるんだよって。
雰囲気が悪くなっている事は、何となく分かっていた。急に売れて、急に忙しくなって。自分達でもこの速さについていけない、と思う事が増えていた。
せっかくアルバムを作っても、お披露目できるのはたった数回、その年のツアーを回る時だけ。平行してシングルを作っても、また次のアルバムに入れる事を考えなければならない。アルバムを作ったらまたツアーを回って、の繰り返し。曲作りにもリハにも、かけられる時間がどんどん減っていった。
売れたらもう少しやりやすくなる、と思っていたのに、現実は逆だった。大きな会場でライブができたり、シングルでヒットを出せる事は純粋に嬉しかったし、ありがたい事だった。だけど、ジャンクだからできる事がもっとある、もう少し時間をかければ、もう少し余力があれば。
もっと練習したい、もっと考える時間がほしい。もうちょっと曲を詰めたい、もうちょっと今までと違う事をやりたい。もっと色々な音を聞いて、自分の引き出しを増やしたい。もっと違う発想ができるようになりたい。
もっと、もっと、もうちょっと、もう少し。そう思ううち、アルバムの中の1曲のたった1小節にも考え抜いたフレーズを盛り込み、難しすぎる楽曲は再現性を欠き、かえって自分の首を絞めた。
それでも、何か1つでも、新しい事ができなくちゃ。人目に付くようになったおかげで抱えてしまった悩みのような、欲のような、責任感のようなものに振り回されている間に、バンド内の空気はどんどんおかしくなっていった。
元々人の感情に敏感な俺。周りの誰かが嬉しそうなら一緒にニヤニヤしてしまうし、誰かが不機嫌なだけで具合が悪くなってしまう程だ。
5人で居るのが1番楽だったのに、いつの間にか一緒に居るだけで息をするのも苦しくなった。いつも責められているような気がして、でも理由も分からなくて、そのうち顔を見るのも辛くなった。
焦りに苛立ち、怒りや嫉妬、それに、目の前が真っ黒になって全部飲み込まれてしまいそうな、特大の恐怖。およそ見た目では分からない、辛くて痛い感情がバンド中に渦巻いて、どうにもできずに休止が決まった時にはとうとう来たか、という気持ちと同時にほっとした気さえした。
覚悟が足りなかったのかも知れない。ルートと一緒に居る覚悟、タッツンと一緒に居る覚悟。ジャンクで居る、覚悟。少し離れて様子を見て、時間を置いて落ち着きを取り戻すまで待とうと、思うよりなかった。
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五つの傷が癒えるまで~Kino's side-3~
元々誰が悪いなんて話でもなかった。
友達同士だからこそ、何も言えなかった。
ああすれば良かった、こうすれば良かったなんて後から思う事はできる。
だけどその場で解決策を考え付いて、しかも実行に移せる人間なんてどれだけ居るだろうか。実力不足なのは俺。それならもっと、言えればよかった。
みんなが大事なんだって。全員が大好きで、誰が欠けても嫌なんだって。
誰1人失いたくないんだって。もっともっと、伝えられたらよかったのに。
予兆はあった。音がおかしい事に気付いていたのは、きっと俺だけじゃなかった。
いつ頃からだったろうか。タッツンのベースの音がまるで不満を叩き付けるように、周りを威嚇するように変わっていったのは。
それでいて、雨の中で1人で泣き叫ぶように痛々しくてヒリヒリとして、怒っているのか悲しんでいるのかさえ判断がつかずに対処に困る事が多くなった。
プライベートで何か問題でも抱えているんだろうか。
そう思っても、うちのモテ男2人のプライベートなんて、それこそ想像もつかなかった。
比例してユータのギターはどんどんか細く、物陰から様子を伺うように遠慮がちに、性格がそのまま表れたように音量まで小さくなっていった。
明らかに、怖がっていた。それともせめて、ヴォーカルを目立たせようとするユータなりの配慮だったのだろうか。はっきり聞いた訳ではないから、今になっても分からない。
シュウはどう思っていたんだろう。1番困っていたのは、実はシュウだった気がする。
シュウの得意とするパワフルなドラミングと、タッツンの弾くベースの相性が良い事が、そもそも奇跡的だった。
お互いの良さを打ち消しかねないそれぞれのプレイが、それでも絶妙なバランスで成り立っていたからこそ、上に乗るユータや俺も色々なサウンドを試す事ができていた。シュウが困った顔をしながらもタッツンのベースに全幅の信頼を置いていたのも、タッツンがドラムの事なんか何も分からないけどやっぱりシュウちゃんがいい、と真顔で言っていたのも、出過ぎず引きすぎないプレイヤーとしての感覚を、お互いに良しとしていたからだったのかも知れない。
そのタッツンの音が変わってしまえば、シュウが困惑するのも当然だった。
音が崩れていく。同じ音を綺麗だと思い、同じ音を心地よいと思えていた俺達。
精密機械のように計算し尽くされたその音の塊は、どこかがほんの少し違っただけで、いとも容易くバラバラに壊れてしまった。
もう好きじゃないんだろうか。もう嫌いになってしまったんだろうか。
ジャンクを、俺達を。そんな訳ない、と思いたかった。
修復できるはずだと、思いたかった。
だから、傷つき過ぎたジャンクの為に少し時間を置こうという考えにも、同意せざるをえなかった。きっといつかまた、5人で笑えるように。
必ずまた5人で、音楽ができるように。
そんな約束を勝手に抱えて、俺は1人になった。
当たり前だった大事なものを、もう1度みんなで取り戻す為に。
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五つの傷が癒えるまで~Kino's side-2~
元々主役になるには少し弱い、キーボードという楽器。
他のメンバーの合間を縫うように隙間を埋めたり、他の楽器に被せて旋律を際立たせたり、音の厚みを強調するような別の音を作り出したりして、全体を聞いた時には紛れもないバンドサウンドが構築できているようにする。
荒々しいだけのロックバンドにはない聞きやすさ。
誰にでも気軽に受け入れられやすく、でも分かる人には分かってほしい緻密さで、1曲1曲に大衆性を宿らせる。
元々ジャンル違いの幅広い楽曲を、ごった煮のように展開するジャンク。それぞれの曲について、ギターやベースのアプローチも細かく違う。
それをとっちらかった印象にせず、誰がどこで聞いてもジャンクの音にする為に。
キーボードのソロなんてものより、余程そっちに気を遣っていた。
例えば他のバンドで、同じ事をできるだろうか?
サポートとしてキーボードを弾く事なら、頑張ればできるかも知れない。
でも同じ熱量で他のバンドを、そのバンドのメンバーを、支えたいと思えるだろうか?
無理な気がした。できる人ならできるんだろうけど、自分には無理な気がした。
それからは少しだけ他の人の曲を作ったり、誰かのアルバムに1曲だけ参加したり、何もしていない訳ではなくも、消極的にしか活動していない状態がずっと続いてしまった。
というより、それしかできなくなってしまった。
次々と身の置き所を変えられる程、器用じゃない。
ジャンクのキノです、と堂々と言える状況ならまた話は違ったと思う。
だけど、ルートのソロは加速し、タッツンとシュウも全国を回るツアーを何度もこなしていた。その上俺まで、他の世界に飛び込んでしまうなんて。
他に何もできない言い訳だ、と言われたとしても。
やっぱり俺は、ジャンクで居るのが正しい気がした。
みんなが戻って来るまで、ここで待ってる。
世間の誰もがジャンクを忘れてしまっても。
4人のうちの誰か1人でも戻って来たいと思った時には、いつでも迎えられるように。
そう思う間にも。メーカーは俺のソロなんかどうせ期待してないんだ、と1人イライラしたり、ユータやシュウはどう思っているんだろう、と聞こうとしても言い出せなかったり。
どんどん輝いていくルートを見て焦る気持ちもあるし、純粋に嬉しかったり誇らしい気持ちもありながらも、どこか悔しいような、やっぱり淋しいような気もして、ひょっとしたら自分達が知らないだけで全ては予定通りで、ルートが売れていく為の通過点として集められただけの、つまりジャンクはただの捨て駒だったのか、ジャンクなんか最初からやらなければ良かったのか、とさえ疑うようになって、そんな事まで考えてしまう自分がとにかく情けなかった。
こんなはずじゃなかったのに。
ジャンクの為に、一時的に離れる事をみんなで選んだだけだったのに。
みんなだって本当は、ジャンクで居たいはずなのに。
無理にいつまでもソロなんて、やっていてほしくない。
だけど。もうジャンクは過去の遺物なんだろうか。
もう終わった話なんだろうか。本当に最初から戻るつもりも、なかったんだろうか。
そう思う事さえ辛かった。
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五つの傷が癒えるまで~Kino's side-1~
音楽性なんて、最初っからみんなバラバラだった。
歌が上手いから、楽器ができるから。
そんな理由で一緒に居た訳じゃない。
歳を取れば取る程、ヴォーカルなんて下降していく。
もしルートが歌えなくなったって、誰かが楽器を弾けなくなったって。
そんな事どうでも、良かったんだ。
音楽だけで繋がってた訳じゃない。
ただのビジネスだったなんて思いたくもない。
考えが甘いと言われても。今になってさえ、全員が代えのきかない、大切な存在。
それだけが最後に残った、俺の真実なんだよ。
休止後の周囲の反応は、ありがちな音楽性の違いやメンバー間不仲説に始まって、事務所やスタッフと揉めたとか、果てはシュウの女癖だのユータはユウレイ見えすぎてノイローゼになっただの、俺がガチでオカマだったからなんて話まで飛び出していた。
見た目や趣味で人を判断しないでほしいものだ。
どうしても、ジャンクを失いたくなかった。
その為に止まらざるをえなかったんだ。
今無理強いして続けさせるなんて、とてもできない。
自分達も気付かない間に、ジャンクは疲れきってしまっていた。
実は挫折知らずのジャンク。そう言うとメンバーはみんな笑うけれど。
俺達に降りかかる程度の問題なら、他のバンドにだってきっとよくある事。
自分達でしっかり手を携えて真っ直ぐに進む事さえできれば、ジャンクは大丈夫。
なら、大丈夫じゃなくなる時は?答えはそのまま、繋いでいた手が離れてしまった時だった。他のバンドにだってきっとよくある程度の事で、俺達は簡単に5人の未来を見失った。
俺は気付いていなかったんだ。そんなにも事態が深刻だった事に。
自分のソロアルバムが出せた事は嬉しかったし、ルートがゲストで歌ってくれた事もユータのソロを一緒にできた事も、幸せな事だった。
だけど、ソロなんて結局バンドありきの話。
いつまでも1人で居続けるのは不安で、苦痛でしかなくなっていった。
音楽をやる方法なんて、実際には幾らでもある。
バンドかソロかなんて話にこだわらなくても、他にサポートだってスタジオミュージシャンだって、曲を提供するでもプロデュースであっても、何なら誰かに弟子入りしたり人に教えたり、スタジオや楽器屋を経営する事だって、音楽に違いない。
きっともう、そっちを探した方がいい。
そう思いながらどうしてもできなかったのは、ジャンクが好きだったから。
ジャンクに居る時のみんなが、好きだったから。
ルートが売れていく事は、最初から織り込み済だった。
それがなければ、そもそもソロ活動なんて認められなかった。
バンドで売れたヴォーカルが、メンバーを置いてソロに転向し、1人で有名になる。
本来ならルートが1番嫌がりそうなその道を、結果的にルートは自ら進んで選んでしまった。
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五つの傷が癒えるまで~Shu's side-4~
結局タッツンには何も言えないまま自宅近くの病院を受診し、大した事ではない、風邪と過労だと診断された。今思えば、ここで何とかしておくべきだったのかも知れない。それからも気になる症状はありつつも、タッツンのソロがなくなれば他にサポートの口も見つけなければならず、ついつい身体の事は後回しにしがちだった。
病院で、大した事はないと診断されていた事も大きかった。それなら自分で何とかするよりないのだろう。特に解決策がないまま不調が続き、リハの度に立ち上がれない程フラフラになっている俺を見かねた事務所から紹介された病院で、翌週からの検査入院が決まった。
病院では実際に、検査に次ぐ検査だった。その後病名を聞かされ、治る見込みもあると慰めのように言われても、なんで今自分なんだという思いしか浮かばなかった。ジャンクをこのままにしてはおけないのに。
連絡を入れるとタッツンはすぐに病院まで来てくれた。やっぱり、挙動は少しおかしかった。本人はバレていないつもりなんだろうな。
あくまで検査の為に入院しただけ、と言う俺に、まるで自分が悪いかのように申し訳なさそうな顔をするタッツン。俺の事より自分こそ、何がどうなってるんだよ。一体どこからどうやって、元に戻すつもりなんだよ。
何もそんなに難しい事は求めていなかった。機嫌よく楽しんで、精一杯真面目にベースを弾いていてくれればそれで良かったのに。
若い頃のタッツンは、男なら1度は憧れる類の男だった。自分の事は放っておいてくれ、と言わんばかりの空気を纏いながらも、信じた人間の為ならとことん何でもやってしまう。関西系らしく気さくな所がありつつも、生真面目でアーティスティックな面もある。投げやりで大雑把なふりをしながら、細やかで繊細な気遣いを見せたりもする。
危ういバランスで時折顔を出す優しさと見た目の良さも相まって、当然よくモテた。関わる女性は大変だっただろう。典型的な不安定男。そうであってさえ、同性が憧れるには十分だった。それが今や見る影もなく、本当にただ危ないだけのおかしな中年になり下がってしまった。
ジャンクが続いていたら、何か違っていただろうか。今も5人で、一緒に居る事ができていたとしたら。俺の病気を理由に使っても構わない。無理にでもどこかで、ルートとタッツンを引き会わさなければ。そう思って枕元の携帯電話に手を伸ばそうとしたのは、急な激痛に声も出せずにナースコールを呼ぶ、ほんの数秒前だった。
分かって、いたはずだ。ルートがソロを建前に、まるでもう忘れたかのようにジャンクをずっと避け続けていれば、いずれこうなってしまう事ぐらい。タッツンも同じだ。ジャンクに戻る事を本当は誰より望んでいながら、最初から諦めていたのは自分じゃないのか。ひょっとしたらこの先作り出せるかも知れないチャンスを、わざわざ自分から潰してしまったんじゃないか。
必死になっても結局ダメかも知れない、戻った所でやっぱり途中で壊してしまうかも知れない。それを怖がって肝心な所で引いていたのだとしたら。気持ちの上で負けたままで頭を止めてしまっていたのなら、それこそ最初から上手くいく訳がない。
俺にだって当然、責任はある。そんな事ぐらい、分かってる。ルートのせいでもタッツンのせいでもない事も、よく分かってる。だけど本当にジャンクはどうにもできないままで、今頃になって更にどうしようもない終わりを迎えてしまった。
いつかまた、5人が一緒に居られる未来がどこかにあるとして。みんなの幸せそうな顔を見れば俺だって嬉しい気持ちになるだろうし、自分にとってもそれが1番いい道である事も、よく分かってる。
それでも、どうしても。俺はルートを許さない。絶対に。
タッツンの事も許せない。どうしても。